あなたも知っているアニメや映画から海外文学への読書案内

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Photo: Partenope;V

ナウシカはナウシカア

その女には勇気があった。

女たちが川で水浴びをすると、男が突然に現れた。薄汚れた赤銅色の裸体、獣のような男だ。逃げまどった侍女たちは、遠巻きに様子を伺っている。

ひとり、王家の血を引く女だけは、不思議と恐れなかった。まだ若い娘だ。好奇心なのか、使命感なのか、自分の内からみなぎってくる力を感じる。男が近づいてくる。生臭い匂いが、彼女の整った横顔をかすかに歪めた。

男は、その姿に似合わず、穏やかな物腰だった。海から流れ着いたのだという。彼女は振り返り、固唾を飲んで見守っている侍女たちへ、はっきりと声を発した。

「このかたをお助けするのです」

【79位】『オデュッセイア』 ホメロス

古代ギリシャの都市国家。王の娘の名は、ナウシカア。日本人なら誰でもピンとくるはず。そう、ジブリの『風の谷のナウシカ』

『風の谷のナウシカ』 宮崎駿

宮崎駿の漫画『風の谷のナウシカ』(1巻)のあとがきにも書いてある。宮崎駿にとっては、原著であるホメロス『オデュッセイア』よりも、バーナード・エヴリスン『ギリシア神話小事典』(『ギリシア神話物語事典』に改題)でのナウシカの印象が強いそうだ。3ページほどのナウシカの物語だ。でも、こう言って差し支えはないだろう。

ナウシカはナウシカアなのだ。

注)宮崎駿は、ナウシカのもう一人のモデルとして、『今昔物語』に出てくる「虫愛ずる姫君」を挙げている。乙女らしく雅やかに自らを飾ることもせず、自然や虫を愛でているお姫さまだという。

紀元前800年ごろに文字として残されたホメロスの2つの叙事詩。『イリアス』と『オデュッセイア』。

【92位】『イリアス』 ホメロス

この『イリアス』と聞くと、馴染みがないかもしれない。でも「トロイの木馬」なら聞いたことがあるだろう。ウィルスではない。それが本なら、開いても安全だ。

『イリアス』は、ブラッド・ピットがアキレスを演じた映画『トロイ』だ。

人が本で物語を楽しむには、中世グーテンベルクの活版印刷の発明を待たなければならない。それまで人は物語を劇のようにして楽しんだ。だから、これは小説ではない。叙事詩なのだ。

宮崎駿の他に、この娘を作品化しようとした作家がいる。

ドイツの文豪、ゲーテ。

ゲーテは『イタリア紀行』の中で「ナウジカア」の五幕劇の構想を記している。ゲーテは、ナウシカアを悲劇に仕立てた。あまたの求婚者に興味を示さないナウジカアが、異国の男に恋し……という筋書きだ。

『イタリア紀行』 ゲーテ

注)本書では「ナウジカア」と表記されている。該当の記述は中巻。

文学には、過去の作品に題材をとる手法がある。剽窃でも、パクリでもなんでもない。『オデュッセイア』を下敷きにした20世紀のモダニズム文学もある。

【14位】『ユリシーズ』 ジェイムズ・ジョイス

なかなか日本人には馴染みがないかもしれない。では、こちらはどうだろう。

『潮騒』 三島由紀夫

三島由紀夫『潮騒』は『ダフニスとクロエー』を下敷きにしている。オペラでも知られる、古代ギリシャの牧歌的な恋物語。ダフニスとクロエーは、新治と初江なのだ。

『ダフニスとクロエー』 ロンゴス

過去の物語の筋をなぞっても、同じ線にはならない。いかに同じ線をなぞりながら、違う線を描くか。その線の違いを楽しめるかどうかは、読者の力量によるかもしれない。

そろそろ、やってくる。あなたの頭の上だ。

ラピュタとガリヴァー

島が浮かんでいる。見上げると、土くれが剥き出しになったまま、島が浮かんでいる。

ラピュタもまたラピュータなのである。

ある男が小人たちに綱を渡されて、大地に体を縛り付けられる話は、誰でも知っているだろう。

【33位】『ガリヴァー旅行記』 ジョナサン・スウィフト

このガリヴァーが行ったのは、童話で知られた「小人国」だけではない。

「ラピュータ」も訪れた国の一つだ。このラピュータという国は、天空に浮いている。どうして浮いているのかというと、その国土が強力な磁石になっているからだ。そして、ラピュータはS極とN極の磁力のバランスを自在に操ることができる。

この地球の大地には磁場がある。S極の磁場に対しては、ラピュータのS極を強める。そうすると、S極同士、反発しあう。それで浮く。磁力を反対にすれば、大地に不時着することもできる。このラピュータとの戦争は避けたいものだ。国土の上空に現れたが最後、国がペチャンコに潰れる。「バルス」と呪文を唱えてもダメだ。

ジブリの『天空の城ラピュタ』は、青く発光する飛行石という美しいイメージで、空に浮かんでいる。

ガリヴァーは他に、「馬国」にも行っている。この国の民は馬だ。馬だが、知性や精神性が高い。そこにも人はいるが愚鈍で、馬の奴隷になっている。ん? どこかで聞いたような。

『猿の惑星』 ピエール・ブール

人々はヤフーと呼ばれている。ヤフー。サブカル好きな人なら、こんな奇書も知っているかもしれない。

『家畜人ヤプー』 沼正三

SF小説にして、SM小説だ。三島由紀夫が紹介し、澁澤龍彦、寺山修司も評価したという。石ノ森章太郎なども漫画化している。

『猿の惑星』の猿のモデルは日本人と言われる。『家畜人ヤプー』 でも日本人は奴隷である。

注)『猿の惑星』の著者ピエール・ブールは、日本軍の捕虜体験があると知られるが、他の説もあるらしい。(Wikipedia)

ヤフーは、もちろん検索の「Yahoo!」の名前の由来にもなっている。

ガリヴァーはその長い旅で、日本にも立ち寄った。

もののけ姫と山の人生

「ほう、雅な椀だな」

胡散臭い坊主が、珍しい形をした朱塗りの椀を見て、そう呟いた。闇夜の森で、焚き火に照らされたアシタカは、その椀に粥をよそられている。一風変わった装束を着ている。アシタカは蝦夷(エミシ)の民だ。

蝦夷とは、東北地方の先住民だ。北海道のアイヌ人ほどの知名度はないだろう。平安時代の征夷大将軍、坂上田村麻呂を迎え撃つ蝦夷の阿弖流為(アテルイ)は、最近少しは知られるようになったろうか。NHKでドラマにもなった。

『火怨 北の燿星アテルイ』 高橋克彦

山の中から、白く大きな狼が躍り出る。

女が乗っている。もののけ姫だ。山の狼に育てられたというサン。山を追われた獣の恨みをその身に受けたアシタカ。そして、山をゆったりまたぐような巨人が出現する。デイダラボッチと呼ばれる神だ。

ところで、ジブリの『もののけ姫』は、この本にインスパイアされたのではないだろうか。

『山の人生』 柳田国男

ここに「山姫(やまひめ)」の話がでてくる。昔、産後の女性が精神に変調をきたし、山へ入っていくことがあったという。そのまま、山で生きていくようになった女。そんな女を人は、山姫と呼んだ。

デイダラボッチ(ダイラボッチ)や狼少女も出てくる。柳田国男が博物学者の南方熊楠に、インドで狼に育てられた少女について、手紙で教えられている。熊楠によれば、日本にはその例はないという。宮崎駿も、この箇所を興味深く読んだに違いない。

もののけ姫の名は、サンという。サンは、太陽ではない。もうわかったろう。きっと、サンは、山なのだ。

映画『もののけ姫』のラストで、サンとアシタカは共に生きることを誓う。しかし、サンは山に暮らし、アシタカは里に住む。

さて、都市に生きた男はどうなるのか。

デスノートと罪と罰

そのノートに名前を書かれた者は、死ぬ。

頭脳明晰な大学生の夜神月(やがみ・らいと)は、「デスノート」を偶然、手にした。正義感の強い彼は、平和な理想社会のため、法が裁かない犯罪者を次々と抹殺していく。彼の行為は果たして、善なのか、悪なのか。映画『デスノート』公開時には、話題になった。

『デスノート』 大場つぐみ/小畑健

この夜神月にそっくりな人物がいる。この本の主人公、ラスコリーニコフだ。

【6位】『罪と罰』 ドストエフスキー

ラスコリーニコフは、独自の観念を持っている。「非凡人は法を超越する資格をもつ」というものだ。そして、金貸しのばあさんを殺害する。動機は、彼の理論を証明する実験のためといってもいいだろう。

さて、ラスコリーニコフ はどうなるのか? 19世紀ロシアの巨匠が描いたラスコリーニコフは、孤独感を抱える現代人のようでもある。ドストエフスキーが今もって人気があるのも頷ける。

そして『デスノート』は、『罪と罰』の他にも、ある作品を思わせる。あなたにも、あれは見えただろう。

夜神月のそばには、悪魔がいた。

デスノートとファウスト

錬金術師ファウストは、悪魔メフィストフェレスと契約を交わした。死後の魂と引き換えに、新しい人生を手に入れた。若く美しい青年となったファウストのそばには、メフィストフェレスがいる。そして、その悪魔がファウストの願いを次々に叶えていく。

再び、ゲーテである。

『ファウスト』 ゲーテ

この『ファウスト』は『オデュッセイア』のように、叙事詩だ。舞台用の詩だ。しかし、現代では、読みやすい物語として本になっている。人生を丸ごと捉えたような世界観は、深遠でありながら、ファンタジックでもある。

『ファウスト』はさまざまな作品に影響を与えた。『デスノート』だけではない。他にいつくか挙げてみよう。モスクワに、悪魔が現れる。

【27位】『巨匠とマルガリータ』 ミハイル・A・ブルガーコフ

日本でも多くの作品に影響を与えた。夢野久作『ドグラ・マグラ』と共に三大奇書に数えられてる、この本もそうだ。

『黒死館殺人事件』 小栗虫太郎

夏目漱石と並び称される、明治時代の文豪は翻訳に挑んだ。

『ファウスト』 森鴎外 訳

そして、手塚治虫は生涯に3度『ファウスト』を漫画化した。

『ファウスト』 手塚治虫(21歳)

原作に最も忠実。子供向けを意識した作りで、絵も可愛らしい。

『百物語』 手塚治虫(42歳)

舞台は日本の戦国時代。悪魔メフィストフェレスは女。そして、はかない恋をする。

注)上の『ファウスト』のkindle版には『百物語』が収録されていないとのレビュー情報あり。書籍版には両方を収録。

『ネオ・ファウスト』 手塚治虫(59歳)

舞台を日本の1970年代に設定。学生運動、高度経済成長といった社会状況も取り入れた意欲作。未完。

手塚治虫の絶筆は『ネオ・ファウスト』。入院先の病室には、鉛筆書きの原稿が残されていた。

「時よ止まれ、お前は実に美しい」

漫画の神様、手塚治虫は、永遠なる女性なるものに導かれ、天に昇ったことだろう。

しかし、この男は、悪魔に魅入られていたかもしれない。

パンを盗んで、19年、牢につながれたのだから。

ジャン・バルジャンの自己変革

貧しい姉の子どもたちは飢えていた。夜の街を彷徨い、店のショーウィンドウにパンを見つけた。割れたガラスで腕を傷つけたが、手にしたパンに安堵する。しかし、そのパンで子どもたちの腹を満たすことなく、ジャン・バルジャンは捕まってしまう。

19年間、鉄の鎖を引きずって暮らした。苦役が日常だった。肉体の疲労が固まって、そのまま血肉となった。疲れと恨み、ジャンにはそれしかなかった。

【19位】『レ・ミゼラブル』 ヴィクトル・ユゴー

長すぎる刑期を終えて、ジャン・バルジャンは刑務所から出てくる。壁の中の年月は、青年を中年に変えていた。20年近く、このような環境におかれた男は、一体どうなってしまうのだろう。諦念か、憤怒か。おそらく、労苦を耐え抜いた強靭な肉体と精神を持つジャン・バルジャンなら、怒りをたぎらせるだろう。一触即発の爆弾をその身に抱えていたかもしれない。

そして、銀の燭台の有名なくだりとなる。銀の食器を盗んだジャンに、ミリエル司教は寛大だった。ミリエル司教に出会って、ジャンは変わるのだ。彼の暗く硬直した世界に光がさす。そして、ジャン・バルジャンは姿を消した。生まれ変わるために。

ナウシカアの勇気

果てしない空の下、目の前に海が広がっている。この海こそ、海外文学の海だ。あなたは、この海へ漕ぎ出そうとしている。ためらいはないだろうか。あなたは、ナウシカアのように行動できるだろうか。最後にこの話をしておこう。

ナウシカアには、秘密がある。

なぜ、うら若き乙女のナウシカアが、獣のような男を助けることができたのか? その秘密だ。その答えは、男の方にある。

オデュッセウスは、海神ポセイドンの怒りをかい、難渋していた。しかし、別の神に愛された。悪魔メフィストフェレスではなく、女神アテネが彼を導いている。アテネは、オデュッセウスを助けるために、夜中、ナウシカアの寝室に姿を表す。寝息にあわせて膨らむ乙女の胸に、女神は勇気を吹き込んだのだ。

『オデュッセイア』のホメロスと王の前で歌競べをしたと伝えられるギリシャの詩人ヘシオドス。

『神統記』 ヘシオドス

この本によれば、アテネは全知全能の神ゼウスの頭から生まれた知恵の女神。知恵の女神が勇気を吹き込んでくれたらどんなにいいだろう。

女は男の命を救った。ナウシカアの勇気とは、一歩踏み出す勇気。一歩踏み出すごとに、世界は刻々とその様相を変える。未知の世界を体験すれば、そこに何かを発見するだろう。そして、あなたは変わるのだ。



 

注)記事内の物語風の記述などについて、作品の文章の内容に忠実ではない場合があります。